クッキー工房ガネッシュ郡山

オーナーのらくがき(1)

パイプスモーキング

夜も更ける頃、ジャズのレコードに針をおろし、パイプに火を点ける。左手にはスコッチのオン・ザ・ロックを持ち、しばしヴィンテージ・アメリカンサウンドに身をゆだねる。そうすれば一日の疲れも、音楽がいつしか消し去ってくれる・・・。
 20代後半にパイプと出会ってから、今までずっとパイプを友として生きて来た。現在、シガレットを喫うことは全くないが、パイプだけは手放すことができずに過ごしている。それは、シガレットは少しもうまいとは思わないが、パイプ煙草は実にうまいからだ。
   私にとってパイプは、人生を変えてくれた存在でもある。ある人が主宰するパイプクラブに入り、そこで知り合うことのできた人々との交流が、私の人生に大きな影響を与えた。そのクラブ「喫の会」(現在は解散)の同人には、茶人、登山家、彫刻家、陶芸家、画家、珈琲研究家、造り酒屋、建築家、家具職人など、それぞれの道を究めようとしている人々が集っていた。そして、同人誌「喫」を刊行し、私も編集委員に加えて頂き、共に活動したことが、私の人生に大きなものを与えてくれた。
   その方々との交流を通じて、様々な生きざまを学んだ。会社勤めの私にはない、自分が生きたいように生きることの素晴らしさを学んだのだ。そんなことがあって、私も40歳の時に会社を辞め、自営業に転じた。(株)ガネッシュの一員として、紅茶の卸業を開業し、インドに行って紅茶を学び、紅茶教室を開いては、多くの紅茶ファンと接することができた。営業の大変さはあったが、時間の自由度は増した。好きな時に山に登ることができ、趣味の山岳写真撮影をすることができた。やがては出版社からガイドブック執筆の依頼を受けるようにもなり、月刊誌や単行本にも関わるようになったが、そんな形で登山と関わるようになるとは、以前は考えてもいなかった。
 私はオーディオを趣味としていたので、転勤族では思うようなスピーカーを持つことができないと、いつも悔しく思っていた。会社を辞めたので、以前から欲しかった超大型のスピーカーを手に入れ、オーディオに打ち込むことができるようにもなった。このことは、会社を辞める決断の、大きな理由のひとつでもあった。転勤のない人生を手にしたことを、どんなに嬉しく思ったことだろう。
 このような人生を手にするきっかけになったのは、パイプがあったればこそだと思う。パイプには人と人を結びつける力がある。私も1982年に仲間に呼びかけてパイプクラブを作った。「喫の会」のレベルには到底及ばないが、例会の場で趣味を披露し、談論風発のひと時を持ち、気の合った仲間と酒や料理を愉しむ機会が持てることは、時折の悦びにもなった。
 パイプクラブは全国に沢山あり、日本パイプクラブ連盟がそれらをまとめ、クラブの交流を図っている。連盟の行事の中では、何といっても、パイプスモーキングコンテストで、互いのロングスモーキングの技を競い合うのが、最大の愉しみである。これは3gのパイプ煙草を、いかに長く喫えるかのタイムを競うものだが、地方大会、全国大会、はたまた世界大会まである。
 私も1994年にデンマークで開催された第8回世界大会に参加した。そこでは多くのパイプの仲間と知り合えたし、著名なパイプ作家を紹介してもいただいた。サンクロード(フランス)のパイプ工場の見学や、ついでの観光旅行でパリのオルセー美術館、ロンドンのシャーロックホームズミュージアムに立ち寄ったり、ロンドンの紅茶を楽しんだりと、忘れ難い思い出の数々を残してくれた。
 パイプスモーキングコンテストにては、地方大会の優勝者にチャンピオンパイプが贈呈される。私も1本持っているが、これは私の宝物として大切にしている。そして、我がベーカーストリートパイプクラブのメンバーには、全国的に名の知れた強豪が一人いる。彼は2018年に東京で開催された第14回世界大会で4位、2019年の第45回全国大会では優勝という輝かしい成績を残した。彼は過去にも2度全国大会準優勝を果たしているが、今度こそ!の全国大会優勝を成し遂げてくれた。我々は彼の全国制覇を祝い、2年連続で祝勝会を行った。磐梯町のペンションのプレイルームを借り切り、呑み放題、喫い放題の無礼講で、楽しいひとときを過ごすことができた。
 数多くの思い出を残してくれたパイプスモーキングコンテストも、2020年度からは開催できなくなりそうだ。公共施設はもとより、ホテルやレストランのほとんどで、全面禁煙となるからだ。愛煙家にとっては、今までも喫煙できる場所が次第に制約され、かなり生きにくい世の中となってきているが、とうとう国家権力により,分煙ではなく禁煙社会の実現に向けて、さらに一段とそれが強化されることになる。我々は分煙を徹底すれば、愛煙家と非喫煙者との共存ができる筈と思っているのだが、厚生労働省は「目指すのは煙草のない社会です」と明言しているので、分煙なんぞは無視され、ただただ禁煙に突っ走って行くのだろう。
  とはいえ、個人が楽しむ喫煙までは否定しないので、我々パイプスモーカーも、パイプ片手のリラクゼーションタイムを楽しむことは続けられる。たとえ連盟による公式戦はなくなろうとも、クラブ単位の例会は今までのように続けよう。パイプという共通項で集まり、気の合った仲間同士の楽しい会合は、これからも人生に潤いを与えてくれるに違いないのだから。
2019年12月記
メアシャウムパイプ(上)、牧恒夫氏作のパイプ(中)、スイスで買ったパイプ(下)
私のチャンピオンパイプ。漆加工済み。

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